このブログにたどり着いてくださってありがとうございます。
なにはともあれ、まずは私のことについて知ってもらうところから始めたいです。
私の黒歴史、どうぞご覧あれw
◆中学卒業式の悪夢
卒業間際の教室。ほっとしたような、未来にワクワクしているような空気の中で、それは突然聞こえてきました。
「俺、勝ち組だから!」
推薦で第一志望の公立高校に合格した男子が、笑いながら言ったその一言。教室中に響いた声が、私の心を深く突き刺しました。
私は、その高校に落ちた。悔しかった。でも、それを表に出すのも格好悪くて、私はただ黙ってうつむいていたような気がします。
「私だって…頑張ったのに」
プライドの高かった私は、見えない場所でじわじわと自尊心を削られていました。

◆“滑り止め”の高校と、着たくなかった制服
結局、私は滑り止めの私立高校に進学しました。
制服を着るのも、電車に乗るのも、すべてが苦痛でして。駅で公立高校の制服を見かけるたび、心臓がギュッと締めつけられました。まるで、「あんたは負け組」って言われているようで。
友達にも「どこ受かったの?」と聞かれるのが怖くて、駅では目を合わせないようにしていました。

◆やる気ゼロの一学期
高校に入ってからの一学期、私はほとんど感情を失っていたように思います。
授業中も、休み時間も、何もかもが上の空。頑張る理由も、目標も、ありませんでした。
でも、なぜかテストでは常に上位にいました。私はどこかで、「ここでは一番になって当たり前」と思っていたのかもしれません。勝ちたかった。認められたかった。

◆出会い:夢を託された恩師
ある日、一人の先生が私に声をかけてきました。
「お前なら東大、狙えると思う」
最初は、何を言ってるんだろうと思った。だけどその日から、その先生は毎日のように課題を持ってきてくれて、放課後には個別で指導をしてくれました。
(やる気がないと言いながらも真面目ではあったので、課題はちゃんと出す子w)
「俺の夢、お前が叶えてくれ」
最初は重たかったその言葉も、少しずつ心にしみ込んできました。誰かに本気で期待されるなんて、初めての経験でした。

高校1年の夏、三者面談で先生は両親にこう言ったことを覚えています。
「彼女の担任は、3年間私が持ちます」
あまりに真剣で、私も思わず笑ってしまいました。この言葉は我が家でも語り継がれます。
◆高校2年の冬:選抜クラスに入れない宣言
冬、恩師から告げられた言葉。
「来年は、成績上位の選抜クラスを作る。でも、君は入れない」
理由は明確でした。「君一人に集中したい。他の生徒との関係は断つ」と言い切りました。
一瞬、誇らしくも嬉しくも思いました。でもその裏に潜む孤独の影には、まだ気づいていなかったのです。
◆高校3年:孤独の特等席
クラス替えの日。私は、選抜クラスではない、恩師のクラスに一人だけ“特別に”配属されました。
その瞬間、周囲の視線が一気に冷たくなりまして。

「なんであの子だけ?」 「特別扱いじゃない?」
高3の女子にとって、“浮いてる子”は標的になりやすい。私は、完全に的になりました。
昼休みも、放課後も、誰とも話さない日々。授業は国語と日本史だけ出て、あとは全部別室での個別指導。透明人間のような高校生活でした。
◆東大に届かず、大阪大学へ
恩師の夢である東大は、最終的に届かなかった。 だけど、私は大阪大学に合格しました。

「やっと…勝てた気がする」
◆あの頃の私に言いたい
「勝ち組」なんて、誰かが決めるもんじゃない。
私は私なりのやり方で、あの日の悔しさを乗り越えました。誰とも比べない場所で、自分なりに“勝つ”ことができた気がします。
今、劣等感で心が苦しい人がいるなら、伝えたい。
その感情は、あなたの“武器”になる。
誰にも認められなくても、あなたがあなただけは信じてあげてほしい。
悔しさも、孤独も、ちゃんと力になるから。
〜続く〜