東京で始まった、新卒1年目の春。
「社会人」という響きが少しだけ誇らしくて、
毎朝、口紅を2回塗って出勤していたあの頃の私。
経営を学びたかった私が配属されたのは
──が、配属されたのは「某メガバンクの問い合わせ窓口」。
全然関係ない(笑)
私の“働く”は、こんな予想外から始まりました。
◆強烈すぎた同僚のお姉さま
同じ日に配属された契約社員のお姉さま。
銀行経験があり、年齢もかなり上で、
私とは明らかに“格”が違って見えた。
比べられるのは当たり前で、教育係の態度も歴然。
「どうしてこんなことも分からないの?」
「本当に新卒? 社会人として大丈夫?」

何を言っても、何をしても否定される。
初日から泣く私…。
そりゃ教育係にムカつきもしましたけど、社会ってこんなもんよねってあきらめに近い気持ちのほうが大きくて、大して気にも留めていませんでした。
それにこの教育係、ツンデレタイプだなって私は思っていて…。

数日後、そのお姉様が突然来なくなりました。
ちーん。
そして、上司達がざわざわ。
なんか偉い人も来て何やら様子がおかしいのです。
何があったかというと──
教育係の先輩が、新卒の子に対してひどい言動を繰り返している。
あれはパワハラだ!!
まさかの告発!!
いや、口が悪い人だったけども!
その時感じたのは、「私の気持ち」ってなんで誰も見ようとしてくれないんだろうってこと。
被害者は私のはずなのに、蚊帳の外でした。
パワハラなんて思っていない私を置いてきぼりに事態はどんどん大きくなり、部署では「かわいそうな人」に私はなっていました。

◆ぷつんと切れた日
その職場は、なんというか──希望を全部潰してくる場所でした。
できない先輩、セクハラまがいの上司、社内の派閥争い。
失敗すれば袋叩きにされ、成果を出せば“生意気”って言われる。

「なんで私だけが悪者になるの?」
「どうして誰も、ちゃんと見てくれないの?」
心の中はずっと叫んでたけど、
その声は、自分にすら届いてなかったように思います。
だんだん無感覚になっていく。
「つらい」って言葉が、脳内辞書から抜け落ちていく。
笑ってるフリが板について、
誰かに「大丈夫?」って聞かれるのが逆にしんどい。
「社会ってこわ…」と震えながら、毎朝びくびくしながら電話の問い合わせをうけていたら、恋人にもフラれました。
うまくいっていないのは、なんとなく分かっていました。
でも、「もう限界かも」と言われると、身体の奥にズンと響いたんですよね。
その瞬間、何かが切れてしまいました。

とどめの一発って感じです。
私、このまま一人で家にいたら自殺しかねない
本当に嫌な予感しかしなくて、福岡の母に泣きながら電話をしました。
そしてその日の飛行機で、私は福岡に帰りました。
◆“何もしない”ことを選んだ時間
そこからしばらく、“何もしない時間”を過ごしました。
何かをする元気も、考える余裕もなく、ただただ泣いて過ごしていたように思います。

東京を離れる1か月ぐらい前に1回だけ心療内科に自分で行ったことはあったんですけど、福岡の病院で再度ちゃんとみてもらいました。
中度のうつ病と診断され、薬をもらい、眠ることと食べることからやり直しました。
──あのとき、自分をちゃんと助けた自分を、
今では、少しだけ誇りに思えます。
◆キラキラ職場での再出発
数ヶ月後、福岡で再スタート。
今度は貿易会社に就職しました。

英語を使う仕事、海外への出張、同世代の女性だけの華やかな職場。
取締役に可愛がられ、責任ある業務も任されて、
「ようやく、ちゃんと働けてる」と感じていました。
──でも、それも永遠には続きません。
ある日、先輩に昼休みに呼び出され、支店長不在の日に
1時間、全員分のクレームを一気にぶつけられた。

まるで、公開処刑。
その翌日、私はまた、会社に行けなくなりました。
今回に関しては原因はあの先輩。(今でも許さないw)
人生2度目の休職。
◆なんとなく社労士法人
そんなこんなありがならも復職して、なんとなく働いていたある日。
求人サイトで見つけたのが──
「社労士法人」の求人でした。

理由なんてなかった。別に夢も憧れもなかった。
でも、“なんとなく”、惹かれた。
もしかしたら、
心のどこかで「働くことの痛み」が分かるからこそ、誰かの役に立ちたかったのかもしれません。
◆働くことに、もう一度向き合えた理由
社労士法人で働く中で、
初めて「労務」という世界に触れました。

気づけば、資格を取り、
そして今──私は社労士として独立しています。
私が“働く”を語るのは、
専門家だからじゃありません。
何度も壊れて、また立ち上がってきたから。
その経験が、今の私を支えています。

結び:誰かの“一歩”を支える人に
働くことで、何度も壊れそうになりました。
実際に、壊れたこともあります。
でも、そのたびに、
誰かのひとことで、私はまた前を向くことができました。
だから今の私は、
「誰かの一歩を支える人」でありたいと思っています。